あずたんぶらー

Quote

むいみ: たとえば「科学的に正しい理解に至らないと、また別のニセ科学に引っかかるから、平易に説明しちゃダメだ」みたいな意見もあるよね。

黒猫亭: オレはそれは欲張りすぎだと思うよ。たしかにニセ科学批判には啓蒙乃至啓発的な役割が期待されているけど、それは飽くまで自由意志で情報を受け容れようとする人々が対象でさ。そう謂う気になってもらおうと努力するところまでは必要だろうけど、現実にはそうでない人のほうが多いわけだよね。そう謂う相手に対して「教育の押し売り」みたいなことまですべきなのかと謂えば、オレは違うと思う。

むいみ:そうだなあ。ぼくもそういう態度の人がどんなに正しいことを言ってても聞こうかなと思わないと思う。科学的な訓練を積むのには、かなり長期間にわたって大きなコストを払う必要があるわけでしょ。今大人の社会人が「これが必要なんですよ」って言われたからといって、すぐにそんなコストが払えるかといったら絶対無理だもん。

黒猫亭: 普通の大人の社会人は教育や訓練に充てられる時間が限られているんだよ。教育期間を経て一旦社会に出てしまったら、普通の社会生活を送ることにほぼすべてのコストを要求されちゃうわけだよね。遊んでる時間だって、社会生活の息抜きと謂う側面があるんだから、その余暇を勉強に充てるべきだと主張するほうがそもそも無理筋だよ。

むいみ: うん。大人でも仕事とは関係ない勉強を熱心にしてる人はたしかにたくさんいるんだけど、それは受験勉強とは違ってうるさく成果を問われない自由な勉強がおもしろいからだろうし、そもそもおもしろいと思う内容って人によって偏りがあるし、強制じゃないから習熟度もバラバラだったりすると思うんだよね。

黒猫亭: ニセ科学批判は「負け戦」とか「もぐら叩き」に喩えられることが多いんだけど、それは受け容れるべき大前提だと思うんだ。たしかにその場で納得させてもまた次に何かに引っ懸かる人は多いんだろうけど、それはその都度対処していくしかない。赤の他人様を無理矢理教育することなんて出来ないし、そんなことに大義もない。少なくとも個別の対話の場面ではね。

むいみ: 「勉強すべきだ」って言ってる人の主張って、勉強する時間的余裕がなかったり苦手だったりする人のことを最初から切り捨ててるよね。単にそれは「このくらいのことがわからないのはダメだ」という価値観を主張してるだけにすぎないような気がする。

緊急鼎談!震災の不安とニセ科学(後編):対策や批判はこのままでよいのか? - とらねこ日誌
Posted on Wednesday, September 14 2011.
あずたんぶらー 梓弓つばさ/あずにゃんのグッときた写真、イラスト、発言の集積所?
Previous Next